2026年5月31日日曜日

【RL】 ゴダイゴ50周年記念の渋谷コンサートに行って来ました!

昨日5月30日(土)、渋谷の Line Cube Shibuya で行われた
ゴダイゴの50周年記念のコンサート
「GODIEGO 50th Anniversary Tour 感謝の旅」に行って来ました。

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このツアー、5月10日(日)に神奈川県秦野市の
クアーズテック秦野カルチャーホールを皮切りに始まっていて、
秦野は 2023 年に行ったことがあるので、最初はそちらに。。。
と思っていたところ、渋谷で開催の情報に接して、
これは渋谷の方に行かねば! と急遽チケットを手配した次第。
何と言っても渋谷は自分の拠点になっているような場所ですから
そこに来てくれるのに行かないわけがない、というわけです。
しかも、僕は10年前に40周年のコンサートに参加してますから、
50周年も行かないわけにはいかない、と。
ツアーはこのあと12月24日(木)の NHK 大阪ホールまで
全国の全て14の会場で行われる予定となっています。

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というわけで、開場 30 分前の午後2時半頃に
Line Cube Shibuya ――と言うよりは、
僕なんかには「渋谷公会堂」と言った方がしっくりと来る
会場に到着します。
上の写真でも小さく見えるかもしれませんが、
いろんな方からのお祝いのお花がたくさん届いていて
僕も含めてみんな写真を撮っていましたね。
僕が注目したのは堺正章さん、奈良橋陽子さん、
そしてミッキーに楽器を提供している KORG からのもの、
堺さんは何と会場に来て下さっていましたね!
この話はまたあとで。。。

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で、開場を待つことになるわけですが、
今回、何と物販は会場の中でなく、外に設けられていて、
それでは、と入場待ちとは別に設けられた物販の列に並びます。
何か記念になるものを、と探して、今回のツアーのパンフレットを
無事ゲットします。

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パンフレットはご覧の通り特別感のあるゴールドの表紙です!
50周年は英語で "golden jubilee" と言うからゴールドなのか、
協賛がゴールドの販売や買い取りを行っている SGC さんだからか、
とにかくこのゴールドの表紙はとっても納得感があります。
それと、一緒に写真に写っているのは入場の時に配られた
チラシのうちの1枚ですが、何と、今回のコンサート、
CD として発売されることが決定しているのだとか!
こちらも楽しみですね!

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そうこうしているうちに開場時間となり、会場に入ります。
会場に入ると真っ先に、ステージ向かって右手にある
ミッキーのブースを見に行きます。
客席に向かって正面は KORG の Granstage X がピアノ用で、
その上にワークステーションの NAUTILUS が載っています。
その2台と 90 度右手の角度でバンドの方を向くように
ミッキーとは切っても切り離せないハモンド B-3 が鎮座まします。
そして、そのハモンドから更に 90 度右手、
つまり Granstage X と NAUTILUS の背面に
その B-3 用のレスリースピーカーが置いてあるという布陣です。

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ミッキーのブースのチェックが終わったら、
今度はステージ向かって左側、サポートの竹越さんのブースへ。
こちらはハモンド以外はミッキーと同じ
KORG Grandstage X と NAUTILUS の2台セットです。
Grandstage X のちょうどロゴ辺りに掛けられている
ゴダイゴのメンバーをあしらったタオルがカワイイです。w
あと、後ろに見えているギターは浅野氏の12弦ギターらしい。
ということはこのあと「ガンダーラ」のところで
イントロを弾いていたのは竹越さんだったのだろうか?
僕の席からは吉澤さんも竹越さんも
手元があまりよく見えなかったので、これは今でも謎です。

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そんなこんなで機材チェックをしたあとは
大人しく自分の席に座ってひたすら開演を待ちます。
席は1階席の真ん中よりやや右寄り、悪くないです。
が、予定の午後4時になっても始まらない。
スタッフが機材のチェックなんかしているし、
会場には BGM でチャーリー・パーカーの曲なんか流れてるし。
今日の1曲目は何だろう? とか想像しながら
メンバーのみんながステージに出て来るのを待ちます。
そして!
大体20分遅れで漸くメンバーが登場、
トミーのドラムソロで始まります。
そのソロが始まった瞬間わかりましたよ、はい、そうです。
1曲目は "Return to Africa" でした!
そして、 "Return to Africa" と言えばブラスです。
ホーンズの3人も入っての編成は、ゴダイゴの単独ライブとしては
とても理想的な演奏形態だと僕は考えているので、
もう、1曲目から満たされてしまいました。w

続いての2曲目はやはりホーンズから入ったので、
一瞬アレ? と思ったのですが、これが何と、
映画『House』のテーマ曲として使われた
"Cherries Were Made for Eating" でした。
これまた聴いてるだけでハッピーになる曲ですね。
そして、3曲目は 2006 年に正式に再結成された時のシングルから
「すばらしい愛」が演奏されました。

で、タケが会場のみんなに、ゴダイゴは今日が初めてという人!
と聞いたところ、1階前の方の席で結構手が上がって驚きました。
それも結構若い感じの人たちで、
ゴダイゴの50周年に来る人たちなんて、
自分と同世代くらいのお爺ちゃんお婆ちゃんだろうと
高をくくっていたところが驚きですね。
若い人たちにとっては結構新鮮なのかもしれないとも
「銀河鉄道999」などはいろんな人にカバーされたりしてるので
寧ろ一種の古典として定着しているのかしれないとも
考えてしまうヒロシなのでした。

さてその50周年ということで、MC はゴダイゴ結成のなれそめを
ミッキーやスティーブに語ってもらうところから始まり、
トミーが参加して。。。というところで、当時のアルバム
Dead End からの2曲、 "Under Underground" と
"Dead End - Love Flowers Prophecy" が演奏されました。
"Dead End" の方は定番ですが、
"Under Underground" は珍しいですね。
これはスティーブのリードボーカルが聴ける曲なので、
とっても嬉しかったですね。
まさかこの曲が来るとは、本当に思っていなかった。

続いては比較的最近の曲ということで、
2018年頃かな、おおはらマタニティクリニックのために作られた
"You Are Here" と 2015 年、みんなのうたで放送された
「君はミラクル」が来ましたね。
若い人たちは寧ろこちらの方が馴染みがあるのかも?
僕は "You Are Here" は 2023 年の秦野の時に初めて聞いて
知った次第なのですが。
どちらもこの世に生まれて来る一人一人の生命、人生の
大切さ、かけがえのなさを歌った愛に溢れた曲ですね。

ここでトミーがボーカルをとって歌います。
トミーは皆さんもご存じのように、ゴダイゴと並行して
大野雄二さんの「ルパン3世」の仕事もしていて
"Super Hero" や "Lovin' You (Lucky)" などは
皆さんも聞いたことがあると思いますが、
その大野雄二さんがつい先日、5月4日に亡くなられたとのことで
大野さんの追悼も兼ねて、大野さん作曲の
「人間の証明のテーマ」を歌ってくれました。
"Mama, do you remember" というジョー山中さんが歌った
あの曲ですね。
これがメチャメチャよかった。
とても感動して、涙が出て来ました。

さて、ゴダイゴの歴史を辿る旅も
新しい方からだんだん時代を遡って、
1999年に一時的に再結成された時に作られたアルバム
What a Beautiful Name から
"We've Got to Give the Earth the Chance" と
"Nice to See you Once More" が歌われました。
続いては 1985 年に活動休止の時に作られた
"The Great Sea Flows" へと続きます。
この曲はね、何と言うか、ゴダイゴのバラードの集大成のような
とっても深い感動を覚える大好きな曲です。
ここで個人的なネタバレをすると、
僕が東日本大震災の時に被災地の人たちの心の支えになればと
作った曲 "The Sunrise" は、この "The Great Sea Flows" を
下敷きにしていて、あんな曲が作れたらいいなと思って
書いた曲なのです。

そしてその "The Great Sea Flows" の感動に浸る間もなく、
いきなり「ビューティフルネーム」が来ます!
そして例によって例のごとく、会場を半分に割っての
お決まりの歌合戦となります。
今回はステージに向かって右側の青組と左側の紅組に分かれて
どちらも「ウーワーウーワーララララー」で競います。
結果は左画の紅組の勝ち、僕は右側の青組だったので負けました。

そしてそして、そう、「ビューティフルネーム」が来たということは
いよいよ『西遊記』の時代なわけで、
曲は「Holy & Bright」と「ガンダーラ」が演奏されましたが、
何と、会場2階席の中央に堺正章さんが聴きにいらしてて
会場のみんなに挨拶してくれました。
僕は1階のほぼ中央だったので、
真上に堺さんの姿をチラ見することはできましたが、
さすがに写真を撮るのは無理でした。
結構な方が写真を撮っておられましたが。
写真と言えば、「Holy & Bright」は撮影 OK だったので、
ここに何枚か上げておきます。
会場の人たちみんなスマホを構えているのが写ってますよね。w

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続いては「銀河鉄道999」、もうみんな総立ちです。
やっぱりこの曲は盛り上がりますね~。
最後はトミーのドラムソロで、
これは1曲目のはじまりに対応するもので、
締めくくりのドラムソロだったのですね。
これでゴダイゴのメンバーは一旦下がるのですが、
はい、まだ何か大事な曲をやってませんよね。
そうです。
メンバー戻って来てからの1曲目は "Monkey Magic" で、
これもみんな総立ちで曲を盛り上げます。
勿論お約束の「蜘蛛の糸」も健在でした。w

そしてそして、最後の曲は "Pomp and Circumstance" でした。
これは嬉しかった!
1982 年頃にファン投票でベスト20を選んだ時に、
これはダントツ1位になったという曲で、
長い事音源化されませんでしたのでライブに行くファンの人しか
知らないような曲にも拘わらず、そのファンの絶対的な支持を
得ているという曲なわけです。
しかも僕は幸運なことに、何度かこの曲を直接聴く機会があって、
1回目は 1981 年12月18日福岡県の飯塚市民会館、
2回目は翌 1982 年3月26日の福岡市民会館、
3回目は 2026 年4月22日の東京文化会館の40周年記念の時で、
1回目と2回目はホーンズのいない時のアレンジで、
これはこれで引き締まったアレンジでよかったのと、
40周年記念の時は、オケもいて、ホーンズのイントロは
いつもとは異なるアレンジになっていました。
なので、Suite: Peace に収められた 1979 年頃の
ゴダイゴ+ホーンズによる演奏スタイルは今回が初めて、
そして僕のその期待を裏切らないアレンジでの演奏でした。
(残念ながら、と言ってはいけないのかもしれませんが、
 シンセ・ソロは今回も40周年記念の時と同様、
 ミッキーではなく竹越さんがとっていました。
 あのシンセ・ソロは、僕がシンセ・ソロをやる時の
 お手本になったものであるだけに、
 本当はミッキーにやってほしいところなのです。
 尤も、さすが竹越さん、完コピなのですけれどね。。。)
尚、上に書いた 1982 年の福岡市民会館の時の演奏、
これは当時 FM 福岡で放送されて、それを mayumayutea2 さんが
YouTube にアップしてくれていますので、是非聴いてみて下さい。
ホーンセクションをミッキーがシンセで弾いているのと
先ほど言ったソロのところはシンセでなくオルガンで弾いてて、
これもまた素晴らしくカッコイイアレンジだからです。

https://www.youtube.com/watch?v=V7DbosBreus

いやあもう、「銀河鉄道999」から "Pomp and Circumstane" の 
流れがあまりにすごくて、とっても満足、
幸せな気持ちで満たされながら夕方の渋谷の人混みに溶け込んだ
ヒロシなのでありました。

最後に改めて、ゴダイゴのみなさん、
楽しいひとときをありがとうございました!
そして、50周年おめでとうございます。
これからも更なるご活躍を楽しみにしております。

<セットリスト>
1. Return to Africa(リターン・トゥ・アフリカ)
2. Cherries Were Made for Eating
3. すばらしい愛
4. Under Underground
5. Dead End - Love Flowers Prophecy
6. You Ate Here
7. 君はミラクル
8. "Theme from Proof of the Man"
9. We’ve Got to Give the Earth the Chance(地球を我が手に)
10. Nice to See You Once More(ひさしぶりマイ・フレンド)
11. The Great Sea Flows
12. Every Child Has a Beautiful Name(ビューティフル・ネーム)
13. Holy & Bright
14. ガンダーラ
15. 銀河鉄道 999
16. トミーのドラムソロ
17. Monkey Magic
18. Pomp and Circumstance

2026年4月27日月曜日

【イベント】 セカンドライフ23歳の誕生日 SL23B は6月18日開幕!~参加申込締切は5月18日(月)

もうすっかり SL をお休みしているヒロシですが
――まだ冬眠しているという噂も?^^;――、
年に一度のこのイベントには勿論参加しますよ!
はい、そうです。セカンドライフ23歳のお誕生日イベント、
SL23B が来る6月18日(木)~7月19日(日)の
何と1か月間にわたって開催されます!
ナチュさんに誘われて 2009 年の SL6B に初めて出演、
以来毎年のように参加していますからね、
今年もこれだけは、という感じでステージに上がるつもりです。

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今年のテーマは The Golden Age of Hollywood、
日本語にすると「ハリウッドの黄金時代」なんだけど、
「黄金時代」っていつ~? と思って調べてみたら
――僕的には SF 映画がたくさん作られた 50~70年代ですが――、
何と、1930~1940年代なんですって。
確かに、この時期にいわゆる「名画」というものが
たくさん生まれていますよね。。。

1932年 グランドホテル
1933年 キング・コング
1934年 或る夜の出来事
1937年 白雪姫
1939年 オズの魔法使い、風と共に去りぬ
1940年 ファンタジア、チャップリンの独裁者
1941年 カサブランカ、市民ケーン

などなど。。。
(白黒が多い中で、カラーの『白雪姫』、『オズの魔法使い』、
『風と共に去りぬ』、『ファンタジア』が素晴らしいですね。)

しかしまぁ、何とピンポイントなテーマなんでしょうね。
これまでの SLB のテーマはどうにでも調理できるような
幅の広い解釈ができるものだったのですが、
この時代にどう引っかけてライブをやるか、
今から思案のしどころですので、
当日どんなステージになるかお楽しみにしていて下さい。

そして!

僕のようにライブや、或いは DJ で参加してみたい方、
また、展示会場を構えて自分の作品世界をお披露目したい方、
更に、ボランティアとしてこのイベントを支えたい方、
現在申込を受け付けていますので、おもしろそうと思ったら
まずは申し込んでみて下さい。
締切は開幕1と月前の5月18日(月)です。
詳しくはリンデンの公式ブログを見てみて下さい。


是非是非、SL 23歳のお誕生日をみんなで一緒に祝いましょう!

2026年3月22日日曜日

【レビュー記事】 師弟対決・その2~小澤征爾さんとミュンシュのラヴェル『ボレロ』

2024年の2月に小澤征爾さんが亡くなったあと、10回にわたって
小澤さんの代表的な録音についてレビュー記事を書いた。
その中で、小澤さんのベルリオーズ『幻想交響曲』を買った時、
ラヴェルの『ボレロ』がカップリングで入っていたことを書いた。
その時『幻想交響曲』については、ミュンシュが 1962 年に
ボストン響と録音した LP を買ったのが最初で、
この LP には同じ年に録音した『ボレロ』が入っていたけれど、
今あるミュンシュ 1962 年の『幻想交響曲』の CD には
この曲はカップリングされていないので、いつか聴いてみたい、
そして小澤さんの演奏と比べてみたい、と書いた。

実際、ミュンシュのラヴェルの録音というと、
1955 年のボストン響と 1967 年のパリ管と録れたものが
多く出回っていて、ネット上のレビュー記事も圧倒的に
この2枚のものが多いのだ。
この2枚はそれぞれに評判がよいから、
1962 年に『幻想交響曲』と一緒に録れた時のものは
埋もれてしまっているのかもしれないけれど、
LP を買った当時、『幻想』も『ボレロ』も、
荒々しい迫力があった印象があって、是非とも聴いてみたいと、
2024 年だったと思うが、毎週のように中古レコード屋を回って
そして漸く見つけたのだ。
Ravel: Orchestra Works というタイトルで、
他に『スペイン狂詩曲』、『亡き王女のためのパヴァーヌ』、
『ラ・ヴァルス』、そして『マ・メール・ロワ』を収めた CD だ。

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そこで、早速小澤さんのと聴き比べてみた。
小澤さんのは、ある意味あっさりしていると言っていいほど
オケの響きも整然としていて安定感のある演奏。
これに比べるとミュンシュのは、何だろう、
出だしのピアニッシモのリズム隊の音からして生々しいのだ。
この曲は A のメロディと B のメロディがそれぞれ
2回ずつ繰り返されるわけだけれども、
最初の A の2回をフルートとクラリネットが奏したあと
リズム隊にハープが加わって来るのだが、
小澤さんの演奏ではハープは控えめに左端で鳴っているのが、
ミュンシュの方は中央前面に出て来て
ボン! ボン! と鳴っていて、こうした音作りが
全体に生々しい感じを与えているように思われる。

あと、小澤さんのテンポは比較的安定していて、
全体の4回目のくりかえし辺りから若干速くなるのだけれど、
ミュンシュの方はというと、小澤さんよりも
ややゆっくりのテンポで始めつつ、
2回目の繰り返しの後半あたりから徐々にアッチェレランド、
次第にテンポが速くなっている。
そして4回目繰り返しの後半、B の辺りからは
あからさまにスピードアップする。
若い頃初めてこの演奏に触れた僕が「荒々しい迫力」と感じたのは
こうした音作りが関係しているのかもしれない。

今回この稿を書くに当たって、小澤さんとミュンシュ、
そしてこの曲については定評のある
クリュイタンス指揮/パリ音楽院管弦楽団の演奏を比べて、
どのようにテンポが変化しているかを調べてみたのが次の表。
演奏時間は A, B それぞれ16小節+間奏の2小節の
18小節を基本に、その開始タイミングの時間を読みとって計った。
これは A, B それぞれが始まる音が出た瞬間に
表示されている時間を読みとったので、
例えば、同じ 00:50 であっても、
開始したのは 00:50 に変わったばかりの時もあれば、
開始直後に 00:51 に切り替わったりするものもあるので、
最大1秒近いブレはある点ご承知頂きたい。
どの指揮者も速くなったり遅くなったりしているのは
この誤差によるものと考えて、全体の傾向に注目して頂ければ。

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こうして見ると僕が感じていたことは案外当たっている。
小澤さんは BPM ベースで大体 68 くらいのところで演奏して
4回目の繰り返しあたりでテンポを 69~70 くらいに上げて、
最後の5回目の B のところで一気に 72 まで上げて
エンディングに突入するのだ。

対してミュンシュの方は、1回目は 65 くらいだけれども
2回目あたりからじわじわと上げてきて、
5回目の最初の A のところで一気にテンポを上げて
最後のエンディングに突入。
おもしろいのは、エンディングの演奏時間に関しては
小澤さんとミュンシュのものが全く同じところ。

エンディングに向かってテンポを上げるという演出は
きっとミュンシュのもので、
小澤さんも師匠のそれを下敷きにしているのではないだろうか。
というのは、ラヴェルが楽譜に書き込んだ BPM は冒頭の 72 のみ。
どこにもアッチェレランドの指示はないのだ。
実際、クリュイタンスの演奏では、コンスタントに 66 で、
確かに5回目の繰り返しで速くなっているけれど、
エンディングの部分は寧ろ遅くなっている。
本来は音色と音量だけが変わっていくというのが
この曲の演奏の仕方なのだろう。

それを明らかにするのが参考で付けた
マゼール/フランス国立管の 1981 年録音の演奏時間である。
実は僕は、1990年にマゼールがこのオケを引き連れて
池袋の東京芸術劇場でドビュッシーとラヴェルを振った時に
その場にいたのだけれど、ボレロを振るマゼールは、
終盤に入って来ると、もっと大きな音で、もっと大きく、と
何とジャンプしながら指揮棒を振るうのだ。
オケもそれに応えて、ホールが割れんばかりの大音響、
あの時の『ボレロ』の感動は忘れることができない。
マゼールってこんなすごい人だったんだ、と思ったものだ。

その時の演奏とどれくらい似ているかはわからないけれど
同じ組み合わせで僕が目の当たりにした10年くらい前に
CBS に録音したものがあるので、これを調べてみたら、
正にラヴェルが指定した通り BPM = 72 で始めているのだ。
やや速いと感じられることと思う。
けれどもそのあとは一貫して最後まで 74~75 くらいで
アッチェレランドせずにエンディングは寧ろスピードを落としてる。
そうでありながら、終盤の音量の盛り上げ方がすごいので、
これまた迫力満点の演奏になっている。

久しぶりにミュンシュの『ボレロ』を聴き直してみて
子供の頃に「荒々しい迫力」と感じていたものが
勘違いではないと改めてわかったのだけれど、
一聴整然としているように響く小澤さんも
最後にアッチェレランドするのは師匠の影響か
或いはボストンの伝統かと、その流れを感じることができて
ちょっと面白かったというのが、今回の師弟対決の顛末である。
小澤さんは情熱的な指揮振りで有名だったけれど、
その源はミュンシュ先生にあるのかもしれない。

2026年3月21日土曜日

イランの暦と日本の風習

昨日に続いてイランの暦の話をします。
というのは、イランの風習が日本の風習に似ているところがあり、
私たちが普通に日本の文化だと思っているものが
実は古代ペルシャの起源だったりする、
それほど両国は古い時代から交流していた
ということに思いを寄せてほしいからです。
どうも日本の政治家はアメリカべったりな感じがしますが、
アメリカとの交流がたかだか 170 年程度なのに対し、
イランとの交流は 1,300 年くらいあるわけですから。。。

その前に、昨日イランのお正月とイスラームのラマダーン明けが
重なったという話を書きましたが、
イランの最高指導者モジュタバ師とペズシュキアン大統領の
年頭に当たってのメッセージを確認することができました。
お二人ともこのお正月とラマダーン明けが重なったことに
触れられていました。
日本人の僕が注目するくらいですから、
正にその文化・宗教の中に暮らしている人たちには
神聖な奇跡と感ぜられたことでしょう。

ところで、昨日の僕の記事を読まれた方で気づかれた方も
いらっしゃるのではないかと思うのですが、
イスラーム暦もイラン暦も、ともにヒジュラと呼ばれる
ムハンマドと彼に従うムスリムが、マッカからメディナに移住した
西暦622年を起点として年を数えているのですが、
今はイラン暦では 1405 年、イスラーム暦では 1447 年です。

これは、イランの暦は太陽暦で、地球の公転に合わせてあるので
グレゴリオ暦同様に閏年が存在し、西暦から 622 引いた年と
一致することがわかると思います。
(本日1年進みましたけど。。。)

これに対し、イスラームの暦は、月の満ち欠けに合わせた
純粋な太陰暦で、閏年や閏月を設けないので
――これは『クルァーン』で禁じられているそう――、
毎年11日ずつズレていき、結果西暦622年から数えると
今は 1447 年目になっている、ということなのです。

ここで話を戻すと、イランで春分の日を元日とするのは、
その昔、世界のはじめ、春分の日の正午に、
善の神アフラ・マズダーと悪魔であるアンラ・マンユが
同時にこの世界に入ってきたことによるとされています。
春分の日は、夜と昼の長さが同じ、プラスもマイナスもないゼロ、
善と悪と全てが拮抗・バランスする時です。
日本人が大晦日で全てを清算して、元日から新しい身となって
新しい年をゼロからスタートするのとどこか似ています。

イランのニュースを見ると、このような戦時下でも
伝統的な「ハフト・スィーン」を供えてお正月を迎える
一般市民のことが書かれていました。
ハフト・スィーンとはペルシャ語で「7つのS」の意味ですが、
Sで始まる7つのものをテーブルの上にお供えして
お正月を迎える習慣なのです。
その7つのSとは、

1. リンゴ(sib スィーブ)――欲望と再生の象徴
2. ニンニク(sir スィール)――清潔の象徴
3. ハゼノキ(somaq ソマーグ)――愛の象徴
4. 酢(serke セルケ)――清潔の象徴
5. ナナカマド(senjed センジェド)――人生の妙味を表す
6. コイン(sakeh セッケ)――鉱物界を司る
7. 麦芽プディング(samanu サマヌー)――植物と再生産の象徴

この他に次のものも併せて飾られます。

・金魚――水の神アナーヒターの象徴
・鏡・蠟燭――統一や明るさの象徴
・卵――創造の象徴
・パン――豊かさの象徴

何だか、本来は立春の時に頂いていた七草粥を連想させますね。
金魚というのがおもしろいですが、金魚のないお正月なんて!
と、お正月の正午まであと2時間というタイミングで
女の子が金魚を買いに出かけて様々な障害に遭う冒険譚、
ジャファール・パナヒ監督の『白い風船』という映画は
このイランのお正月を知るのにお勧めの1本です。

ところで、このイランの新年1月は
ファルヴァルディーンというのですが、それは、
「フラワシの月」という意味なのです。
フラワシというのはそれぞれの家の守護霊、
即ち元は先祖の霊なのですが、その先祖の霊が家に帰って来るのが
このお正月だ、というわけです。

先祖の霊が帰って来るというと日本のお盆を思い出しませんか?
日本のお盆は仏教の「盂蘭盆会」から来ていると言われてますが、
その元になっている『盂蘭盆経』を読むと、
どうも先祖を祀ることとはあまり関係がなさそうで、
一方、イランの人々の心の中に今も生きている
ゾロアスター教では、フラワシと同一視されてる「魂」のことを 
urvan と呼んでいるのです。
この語はアヴェスター語では「ルーワン」と発音しますが、
ソグド語では「ウルヴァン」と発音し、「ウラボン」に似てます。
僕はどうもこのペルシャの習慣と言葉とが
仏教の言葉や習慣と入り交じったか混乱して
今の日本に受け継がれているのではないか、と想像しています。
先祖の霊を迎え、送るのに火を焚くのも
フラワシの行事とお盆とよく似ています。

火と言えば、東大寺で3月に行われる修二会、
「お水取り」として有名ですが、水だけでなく
「達陀(だったん)の行法」では、
燃えさかる大きな松明を持った「火天」が、
洒水器を持った「水天」とともに須弥壇の周りを回り、
跳ねながら松明を何度も礼堂に突き出す所作をするわけで、
この水と火を扱うところはいかにもゾロアスター教っぽい。

日本の文化は仏教を中心に発達してきたように思われがちですが、
実は古代ペルシャから伝わったゾロアスター教の習慣も
多分に習合して、入り交じっているのではないかと考えてます。
その意味でも、イランという国のことを
単にどこか中東の遠い国のこととして捉えるのではなく、
もっと身近な、遠い親戚のような感じで捉えてみると
ものの見方も変わってくるように思うのです。

2026年3月20日金曜日

暦の変わり目に改めて平和を願う

今日3月20日は日本では春分の日の祝日なので、
月曜日までお返事できないよ、と海外拠点の同僚たちに
連絡をしようとして気づいたのだけれど、
今年の春分の日はいろんな暦の祝日が重なっているのです。

まず、イスラームのラマダーン明け。
イスラームの暦では3月19日が1447年の10番目の月
ラマダーンの最後の日でした。
なので、今日3月20日はラマダーン明けの
11月シャウワール月の1日でイード・アル・フィトルという
お祝いの日なのです。
なので、僕が連絡をしようとした、
アジアのイスラームに関係のある国の支店の人たちも
実はみんなお休みなのでした。

そして、春分の日と言えば、イランにもまた独特の暦があって
イランでは春分の日が新しい年の元日となるのです。
即ち、今日3月20日はイランの暦で1404年の12月
エスファンド月最後の日で、日本で言えば大晦日に当たる日、
明日3月21日が新年1405年の1月ファルヴァルディーン月1日、
いわゆる元日なわけです。

つまり、普通であれば今日明日は家族みんな揃って
新年のお祝いをする楽しい時期であるはずなのです。
が、周知の通り、イランは今アメリカとイスラエルを相手にして
戦争をしなければならない状況に追い込まれています。

確かに、一人の日本人として、
イランには核兵器の開発はしてほしくないけれど、
交渉が進まないからと言って、一方的に攻撃をしかけ
国の中枢にある人たちを暗殺して回るのは
どのように考えても許されるべきことではなかろう。

僕自身、イランには何度か訪れているので、
あの時会った人たちは今も無事だろうかと気になってしまう。
どこの国でもそうだが、一般の人たちは皆いい人たちで、
特に男性は女性と子供を大切にするやさしい国民性を持っている。
そんな人たちを、よりによって人が断食を行うラマダーン月に
そしてイランの正月にかけてのこの時期に攻撃するとは
本当に人間の仕業か、と思えるほどである。

そう言えば、僕が「Call for Peace」という歌を作ったのは、
2008年12月27日にイスラエルがガザに対して
空爆を行った時のことだった。
おめでたいクリスマスのこの時期をどうしてわざわざ選ぶのか。
腹の底から怒りが込み上げて来て一気に書いたのがこの曲だった。

国際関係論を専攻していた自分には
アメリカのモンロー主義はよく理解できる。
合衆国は西半球のことに専念するので、英国とヨーロッパは
南北アメリカのことには干渉するな、というのがモンロー主義で、
そのモンロー主義を踏まえてドンロー主義なるものを掲げるのなら
アメリカには中東に介入すべきではないはずなのだ。

これはもしかすると、トランプ大統領本人の意向とは
全く関係ないところで動いているのかもしれない。
というのも中東の問題に介入するのはもうアメリカの伝統に
なってしまっているからなのだ。
或いはトランプ大統領は国内のユダヤ系の実力者や
イスラエルのモサドなどに首根っこを押さえられていて
彼らの言う通りに振る舞っているだけなのかもしれない。
元々そうかもしれないけれど、ここのところのトランプ大統領には
言っていることに一貫性がなくなってきているように感じられる。

いやいや、そのような陰謀論めいた下種の勘ぐりはどうでもいい。
無実の一般民衆が祝日を過ごすべきこの時に
一刻も早く攻撃を中止して戦争を終わらせ、
再び交渉の場に戻ってほしいと思うのだ。

今回の一連の攻撃の中で、僕がイランのことを知るのに
いつも参考にしていて IRIB(イラン・イスラーム共和国放送)の
施設も攻撃を受け、
イラン国内のニュースが確認できない状態になっている。
その他のニュースサイトにも殆どアクセスできない。
唯一、革命防衛隊系のタスニーム通信のサイトが生きていて
軍関係の通信社だからそこのところを考えながら
記事を読まないといけないけれど、
ブルームバーグなどの記事のニュースソースも殆どここだから、
今はそれ以外にイラン国内のことを知る術はなさそうだ。

何れにしても、イランの一般の人たちの無事と健康と幸せを
願わずにはいられないこの頃である。
繰り返す。一刻も早く戦争を止めてほしいと。 

【レビュー】 熊本マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』~その2

音楽 CD というものは実際に聴く前に、お店で買ったあとすぐに
その楽しみは始まっている。
家に帰る電車に載ると早速パッケージを開けて
ライナーノーツなどをチェックするのである。
マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』の場合は、
まず帯にこう書いてある。

「これはきわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハである
     ――磯山雅」

おー、磯山雅さんというのは有名なバッハ研究の大家である。
その大家をして「きわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハ」とは
一体どんな演奏なんだろう?
もうこの文章を読んだだけでワクワクしてしまうではないか。

そして、ライナーノーツの表紙を開いたところに
セカンドライフでマリさんが僕らに聞かせてくれた
グールドの言葉が書いてある。

「おなた以外、自分自身の才能と可能性を
 判断できるものはいない。自分自身を信じなさい。」

この言葉はマリさんが 1980 年、16歳の時に
カナダの友人のところに遊びに行った折に、
そうだ、カナダにはグレン・グールドがいる、
というので自分の滞在中にレッスンをしてほしいと
グールドに手紙を書いたのだそうだ。
ところが返事がないので、直接会いに行ったところ、
運良く会えたものの、グールドからは「今は話せないから
電話番号を教えて下さい、電話するから」と言われたとか。

実際、その日の夜にグールドの秘書の方から電話があって
上に書いたグールドからのメッセージを伝えられたのだそう。
結局レッスンはしてくれないわけで、当時はきっと
「なぁーんだ」とがっかりされたに違いない。
しかし、ライナーノーツには上の言葉に続けて
マリさんご本人の言葉が書かれている。

「今、考えると、私自身こうしてピアニストとしていられることも
 彼のこの言葉のおかげかもしれない。
 自然に感じたまま、二十八年間の自分とうもの全てを、
 音に表現できたと思う。」

うわー、もうこれは泣けるくらいワクワクしてくるではないか。
グールドは確か、自分はバッハ演奏の正統なるものを知らない、
といった内容のことを言ったはずだ。
バッハが書いたクラヴィーア曲の殆どには細かいテンポや
デュナーミクやアーティキュレーションの指定がない。
具体的にどのような音楽として曲を響かせるかは
演奏家次第であって、そう、演奏家によっては
全く別の曲ではないかと思えるほどのバリエーションがあるのだ。
実際、僕がバッハに取り憑かれたのも、一番最初に聴いた
『平均律クラヴィーア曲集』のいくつかの演奏に接して
全く驚いてしまったことがきっかけになっている。
殊にグールドが弾くものにはぶっ飛んでしまった。

グールドはバッハ演奏の無限の可能性を知っていて、
僕らは彼が遺したバッハの数々の名曲を楽しむことができるけれど
今僕らが CD で聴く以外のバリエーションもあったに違いない、
そう思わせるものがグールドにはある。
或いは、彼自身、どのように演奏するのが最もよいのか
常に探究を続けていたかもしれない。
そんな探究の成果の一つを僕らは彼の 1955 年と 1981 年の
2回に録音された『ゴルトベルク変奏曲』に垣間聴くのだ。

そんなグールドが、マリさんの演奏を聴いて
ここがいいとかあそこはこうした方がいいとか
批評するはずはそもそもないのだった。
「自分自身を信じなさい――自分もそうしてきたから」
ということなのだろうと想像する。

更にライナーノーツをめくるとトータルの演奏時間が出ている。
53分14秒――グールドの 1955 年録音より 15 分ほど長いけれど
全曲を2回繰り返しているわけでないことはわかる。
さぁ、どんな演奏なのだろう?

録音は 1993 年だからマリさん 28 歳。
グールドが『ゴルトベルク』でデビューしたのが 23 歳。
グールドが初の CBS のレコーディングでこの曲を選んだ時
プロデューサーからは猛反対されたようだ。
バッハ晩年のこの曲をそんなに若いピアニストが弾くのは。。。
ということではないだろうか。
そのグールドに遅れること5年、マリさんだってまだ20代、
やはり同様の反対があったのではないだろうか?
でも、グールドの言葉を受け取ってから 13 年、
きっとこの CD は満を持しての、グールドへの返事ではないか?
そんな風に思えてきてますますワクワク感が高まってくる。
さぁ、どんな演奏なのだろう?

そんな風に妄想しながら家に着くと早速聴く。
! 確かに、磯山さんの言う通り「新鮮で華のある演奏」
もうその言葉に尽きるように思われる。
何と言ってもピアノの響きが美しいのだ。
この音作りには、録音会場となっているリリア音楽ホールの残響が
多分に関係している。
ちょうど、リヒテルの『平均律クラヴィーア曲集』が
クレスハイム宮の残響によって独特な美しさを帯びているように。

最初のアリアのテンポは
グールドの 1995 年版より少し遅いくらいだが、
全体に明るい感じのする演奏。
そして私の注目する 11 小節目冒頭のアルペッジョは
やはりグールド同様上から入っていて素晴らしい。
ピアノのアルペッジョは普通下から上に向かって弾くもので
リヒターも下から上に向かって弾いているが、
グールド 1955 年の録音では上から下に向かって弾いているのだ。
ピアノで弾く時、この効果はとても新鮮な響きで素晴らしい。
マリさんもここでグールドのやり方を踏襲しているわけで、
それがやはり曲に華を添えているように感じられる。

(尚、グールドは 1981 年録音の方では、
 最後のアリア・ダ・カーポのアルペッジョは下から上に
 向かって弾いていて、冒頭の曲と弾き方を変えているのが
 自分には実に興味深い。)

さて、その冒頭のアリアをマリさんは丁寧に
A パートも B パートも2回ずつ、楽譜通りに演奏する。
恰も、これが原曲ですよ、この曲がどう変化していくか
楽しみにしててね、と聴く人にたっぷりと味合わせてくれている
そんな感じのするアリアなのだ。

そして2曲目からは変幻自在である。
全体にはグールドの 1955 年版同様 A パートも B パートも
繰り返しなしの1回ずつでどんどん次の変奏に移っていくのだが、

a) 第3、第4,第6、第24変奏は A, B ともに2回ずつ
b) 第9、第10、第18、第19、第21、第22、
  そして最後の第30変奏は A が2回、B が1回
c) 第16変奏は A が1回、B が2回

となっていて、繰り返す時のパターンとしては
A を2回弾いて B を1回弾く、というものが多い。
これはやはり全体として、A にはテーマの感じがあって
2回演奏することでそのテーマを十分楽しみつつ
B は展開しながら落ち着く感じがあるので、
敢えて繰り返さずに終わるのがよいように僕にも感じられる。
グールドも 1981 年の録音では第3、第4、第6、第9、第10、
第12、第15、第18、第21、第22、第24、第27、第30の
13の変奏でこの方式を取っている。
このグールドの繰り返しと重複があったりなかったりするのは
やはりマリさん独自の解釈に基づくということなのだろう。

その意味では、第16変奏だけが A を1回、B を2回という
反対のパターンになっていることだ。
これはグールドの演奏にもない。
実はこの第16変奏には "Overture", 即ち「序曲」と見出しがあって
フランス風の付点の付いた荘厳な始まり方をするのである。
フランス風の序曲と言えば、お馴染み「G 線上のアリア」を含む
通称『管弦楽組曲』を思い出して頂ければよいけれども、
バッハの序曲は大体荘厳または雄大にゆっくりと始まり、
テーマを演奏したあと、中間部はテンポが速くなって
細かく刻む音符たちがどんどん展開していって
最後にまたテーマに戻ってきて終わる、というのが典型である。
この第16変奏の A パートは正にその荘厳なテーマに当たり、
B パートは展開部に当たるので、この曲に限っては、
A パートを楽譜通りに2回繰り返すのはイマイチである。
僕個人としては、A - B - B - A' のような形で
B を2回演奏したあと A のテーマに戻ってきてほしいところだが、
前回書いたように A の最後は D のキーに転調してしまっているので
『管弦楽組曲』で得られるような満足感をもって終止できない。
G のキーで終わるには A の8小節目冒頭あたりで
和音を叩いて終わらないといけないけれど、
バッハはそのようには書いていない。
A を1回、B を2回というのはマリさんなりの帰結なのだろうと
僕は勝手に想像する。

こうして表題通り様々な変奏が展開されて最後の
アリア・ダ・カーポが来る。
冒頭のアリアで A も B も2回ずつ繰り返したマリさんだが、
この最後のアリアではどちらも繰り返さない。
その代わり、というわけでもないのだろうが、
テンポを極めて遅くとっている。
グールド 1981 年の、もう殆どメロディとして
成り立たなるくらい遅い、あの演奏ほど遅くはないけれど、
1955 年のグールドより、1970 年のリヒターより
ずっとゆっくりとしたテンポで弾かれるのである。
これは、このアリアを慈しみ、別れを惜しんでいるような
そんな情感に溢れたしっとりとした演奏である。
家を出て長い旅をして、再び家に帰ってきてふーっと一息ついて
覚える安堵感、それに似たものを、この演奏を聴き終わった時
僕らは覚え、とても幸せな気持ちになるのである。
そう、そんな幸せな感じに満ちているというのが
この演奏の素晴らしさだと思う。
磯山さんが「きわめて魅力的な、新鮮で華のあるバッハ」と
呼んだのはそういうことなのだろうと納得する。

こうして僕は、セカンドライフで初めてお会いした時から
聴いてみたいと思っていたマリさんのバッハを
聴くことができたわけで、次にはやはり、マリさんと言えば、
幼い頃からスペインにいらした方で、
マドリード音楽院で学ばれた方でもあり、
スペインの作曲家フェデリコ・モンポウの
ピアノ曲全曲録音を世界初で完成された方なので、
そのモンポウを聴いてみたいし、
一連のスペインものを聴いてみたい。
モンポウを聴いてみたいし、一連のスペインものを聴いてみたい。

ところで、スペインと言えば、「変奏曲」という形式は、
実はスペインで発達したものなのである。
スペインでは変奏曲のことを「ディフェレンシアス」と呼んでいて
中でも有名なのは 16 世紀のスペインの作曲家
アントニオ・デ・カベソンが書いた
「『騎士の歌』によるディフェレンシアス」という
5曲から成るオルガン用の変奏曲であろう。
このディフェレンシアスが東に伝わって
「変奏曲」という形式に発展していくのである。
してみれば、マリさんが最初に録音するバッハに
『ゴルトベルク』を選んだのは、単にグールド絡みではなく、
このスペインの伝統を受け継いでいるからかも?
と勝手な妄想を楽しむ僕なのであった。

2026年3月18日水曜日

【レビュー】 熊本マリさんの『ゴルトベルク変奏曲』~その1

少し前、バッハの曲の CD を聴きたくなって
CD ショップを訪れたのだけれど、
お目当ての CD は見つからなくて、「やっぱりないかぁ」と
諦めて帰ろうとしたその時、目に飛び込んで来たタイトル――
『J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲/熊本マリ』
うぉぉぉ! 熊本マリさんの『ゴルトベルク』ではないか!

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熊本マリさんと出会ったのはリアルではなく、
2022年にセカンドライフ内で行われたイベント
「セカフェス5」の中でのことだった。
マリさんは――以下、マリさんと呼ばせて戴く。
馴れ馴れしいようで失礼な感じもするけれど、
熊本さんと呼ぶのもどうも違和感があって。。。
自分が熊木だからかもしれないが――
勿論生でピアノを弾いてくれたのだけれど、
僕個人としては、マリさんが話してくれた
グレン・グールドとの出会いと、「バッハを弾いてもらえば
その人がどんなピアニストかわかります」と仰っていたのが
とても印象的で、以来、マリさんのバッハを聴いてみたいと
常々思いながら機会を逃してしまっていたのだ。
昨年10月の夜会にお邪魔した時も CD をいろいろ売ってたけれど、
あれこれ迷ううちに結局買いそびれてしまっていた。

それが、バッハの CD を買いに来た自分の目の前に今、
マリさんが弾いた『ゴルトベルク』の CD が置いてあるのだ。
本当は別の CD を買いに来たはずだけど、お目当てのそれはなくて
マリさんの CD があるということは、
今日はこの CD を買うためにここに来たのだ、
これはもう買うしかないではないか、と殆ど衝動買い。
家に帰って早速聴いたらとても素晴らしい演奏で――。

と、ここで詳しい感想を書く前に、
バッハの『ゴルトベルク変奏曲』がどういう曲であるのかを
あまりクラシックを聴かないであろう友人たちのために
できるだけ簡単に書いておこうと思う。
いや、この曲については書きたいことがたくさんあり過ぎて
なかなか本題に入れそうにない気が既にしているのだけれど。。。

『ゴルトベルク変奏曲』というのは、J・S・バッハが
1741年に出版した『クラヴィーア練習曲集第4巻』で、
バッハ自身が付けた曲名は
『2段鍵盤付蔵ヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏』
という長たらしいもので、
これが『ゴルトベルク変奏曲』と通称されるのは、
バッハが音楽の手ほどきをしたという
ヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクが、不眠症に悩む
ヘルマン・カール・フォン・カイザーリンク伯爵が眠れるように
この曲を演奏した、という逸話が伝わっているためだ。

曲の内容としては、冒頭にバッハが 1725年頃、
若き妻アンナ・マグダレーナのために書いた 32 小節の
明るくて愛らしいアリアを元にして、
そこから 30 の変奏が展開され、最後にまた
「アリア・ダ・カーポ」として、最初のアリアが戻って来る、
そんな構成になっている。

30 の変奏はその殆どが冒頭のアリアと同じ 32 小節で
――中にはより短い 16 小節のものもある――、
アリアと変奏曲を合わせた全体の曲数が 32 というのも
何となくバッハらしい数学的・神秘的宇宙観を感じさせる。
そして、これら 32 曲は何れも前半と後半に分かれていて、
つまり、 A - B という形をしていて、
いわゆる「二部形式」というものなのだが、
前半部分の最後の小節、後半部分の先頭と最後に
リピート記号があるので、A - A - B - B という形で
演奏することが期待されているものなのである。

が、ここでこのバッハの二部形式は実にトリッキーである、
ということを少し述べておきたい。
冒頭のアリアの A は――そして後に続く変奏曲の殆どが――
G のキー(ト長調)で始まるのだが、ここがバッハのすごいとこで
A が終わろうとする時、何とドミナント(属調)である
D のキー(ニ長調)に転調しているのだ。
元のキーのトニック(主調)に対してドミナントというのは
一番遠いところで響いている音なので緊張感が高まり、
トニックに戻りたいという気持ちにさせるものである。
実は、音楽のエンディングでジャジャーンと感動的に終わるのは
ドミナントで高められた緊張が、トニックに戻ることによって
とても大きなカタルシスが得られるからなのだ。

だから、本当はドミナントで終わってしまうと
ある種の不安感が残ってしまうのだが、
バッハのすごいところは G で始まった曲が
メロディが展開していくうちにどこかで D に転調していて
A の終わりは G のドミナントである D なのだけれども
D に転調しているので、D はドミナントでなく
トニックになってしまっていて、ある種の終わった感がある。
しかし、僕らの耳には G で始まった記憶があるものだから、
何か、どこか落ち着かない感じが残る。

そこでリピートである。
A の部分の冒頭は G なので、リピートすると
そうそう、この曲は G の曲だったよね、
と実に新鮮な感じの安心感が戻って来る。
しかし、A の部分はまた D に転調して不思議な感じで終わるのだ。
それが B の部分に入ると、あたかも D のキーの曲のふりをして
曲は再開するのだけれども、やはりメロディが展開していくなかで
いつしか G のキーに転調していて、
B の部分の最後はめでたく G のキーに帰って来て
そのエンディングに我々は非常な満足感を覚えるのである。
ところが、である。
ここで B の部分をリピートすると、再び不安な D に戻る。
そしてまたいろいろ展開して最後は G に戻ってまた満足する。

何故今ここで曲の形式とか転調の話をくどくどしているか、
それは、『ゴルトベルク』に収められた 32 曲全てに付いた
このリピート記号をどのように演奏するか、
律儀に全て A - A - B - B と繰り返して演奏するか
それともリピートをすっ飛ばして A - B と演奏するか、
或いは、A または B の部分の何れかだけを繰り返して、
A - A - B 或いは A - B - B のように演奏するかによって
曲全体の印象が全く変わってしまうからなのだ。

僕が『ゴルトベルク』を一番よく聴くのは
1955 年にグレン・グールドがピアノで録れたものと、
1970 年にカール・リヒターがチェンバロで録れたもので、
グールドは全曲1回ずつしか弾かずに約 38 分、
リヒターは最後のアリア・ダ・カーポ以外は全て2回ずつ弾いて
1時間19分となっている。
グールドのは当時「カイザーリンク伯はこの曲で眠ったが
グールドの演奏で我々は目を覚ます」と言われたほど
全体に速い印象を与えるけれども、
繰り返したとするとリヒターの演奏時間とほぼ同じになるわけで、
特段速いというわけではない。
にも拘わらず二人の演奏が与える曲の印象はとても異なっている。
(グールドについて言えば、更に 1981 年に録れたものは
 1955 年に弾いたものとは全く別の曲と言っていい。)

前置きが長くなってしまったけれども、
『ゴルトベルク変奏曲』にはこのような諸々があるわけで、
新しい人の演奏を聴く時は常に、どんなテンポで
どんな風に繰り返して、或いは繰り返さないで
演奏するのだろう? と興味津々なわけである。
そこでマリさんの演奏は――。

長くなり過ぎたので、本題はまたの機会に。。。m(_ _)m